下着泥棒について
相談者様プロフィール
私はどこにでもいるような普通の、どちらかといえば地味な29歳のOLです。
大学卒業後、実家から離れた場所に就職することとなり、2階建てのアパートの2階に住んでいます。
ある時、前日夜にベランダに干した洗濯物を取り込み忘れて出社してしまうことがありました。帰宅後、大慌てでベランダに出てすぐに違和感を覚えました。私のブラジャーがないのです。
「まさか下着泥棒」
「いやいやこんな女の下着欲しがるやつなんか」
「警察に相談」
こんな思いが次々に湧いたのを記憶しています。しかし、私が当時出した結論は「仕事とはいえ知らない警察官に下着のことを話したくない」「実家に相談して、帰ってこいと言われるのも面倒だ」という理由で「きっと風か何かで飛んでいったんだ」と思い過ごすというものでした。
そんな私の心を踏みにじるかのように、下着が定期的になくなるようになりました。平日だけに留まらず、土日に買い物に出かけた際にも、ベランダから下着が消えていることがありました。
正直、その時の私の精神状態は完全に参っていました。常に知らない誰かから監視されている錯覚に襲われ(事実監視されていたのかもしれません)、仕事も手につかない日々を送っておりました。
「実家に帰ろうかな」
そんな気持ちになりかけた時、「なぜ何も悪いことをしていない私が引っ越さないといけないのか」という怒りの感情がふつふつと湧いてきました。
ある日の夜、私は洗濯の済んだブラジャーに「これを見たら連絡ください 電話番号***」と書いたメモを挟み、ベランダに干しました。
翌日朝、驚いたことに私の携帯電話(ガラケー)にショートメールが届きました。
「あなたの下着を盗んだ者です。大変申し訳ございません。」
まさか連絡が来るとは思っていなかったので、昨日までのイライラは身を潜め、どちらかというと相手をいじめてやろう、というイタズラを楽しむ子供のような感情が強まりました。
「どうしてこんなことするんですか?とても迷惑です。」
という私からの返信に対し、
「謝っても謝り足りない」
「下着をお返しして済む話でもない」
「今後二度とあなたには近づかない」
こんなメッセージが連続で届きました。
「もう一度聞きます。なぜこんなことするんですか?」
私は尋ねました。
「あなたをひと目見て、とても綺麗な人だと思ったからです」
今でもどうかしていると思いますが、私は今までの人生で他人に綺麗だ、かわいいだ言われたことが無く、正直ちょっと嬉しい、という感情が生まれてました。
そうか、私は綺麗なのか。バカな女だとは思いますが、彼への怒りは完全に消え失せ「もう許してもいいかな」と思いました。
「通報する気はありません。二度としないでください」
「なんと言って良いかわかりませんが、申し訳ありませんでした」
そんなやり取りをして、その日は終わりました。
翌日、ベランダから衣類が無くなることもなく朝を迎えました。朝日が眩しい。久しぶりのスッキリとした目覚めです。
そんな爽やかなテンションで自宅ポストを確認すると、封筒が入っていました。
「昨日連絡頂いた者です。大変申し訳ありませんでした。お詫びの気持ちです。」というメモとともに、10万円が入っていました。
私はすぐに連絡をしました。
「びっくりしました。受け取れません」
「受け取ってください。私にできることはそれぐらいなのです」
すぐに返事がきました。相手の必死さに思わず笑ってしまった私はお金を受け取ることにしました。
「下着泥棒ってお金かかるんですね。バカだなあ」
「これからは真っ当に生きます」
私はこのやり取りを楽しんでいました。
それからというもの、もともと彼氏も親しい友達もいない私は「今日こんな本読んだ」「サザンが新曲出した」「パソコンが重い」等、日常のとりとめのないことを彼に送り、彼は彼で「新作読まれるの早いですね」「僕は音楽うとくて。勉強します」「修理しに行きたいですが、ちょっとそれはできないですね」なんて返してくれます。
私の家のポストに「先日好きだっておっしゃってた作家の本です。面白かったのでぜひ」という直筆のメモとともに新品の小説が投函されていた、なんてこともありました。
そんな関係が半年過ぎた頃、私は合コンで知り合った年上の男性とお付き合いすることになりました。
私は連絡を取り続けることについて迷いました。相手はただのメル友、といえば聞こえはいいですが、きっかけは下着泥棒です。さすがに彼氏がいる身でこんな関係を続けるのはまずいなと感じ、正直に下着泥棒の彼に伝えました。
「すみません。彼氏ができました。連絡はこれっきりにしたいです」
「彼氏!すばらしいじゃないですか!私からはもう連絡しません。幸せになってください」
そのやり取りを最後に、彼からの連絡は途絶えました。
彼氏が出来て幸せな生活。できればこのまま結婚なんかしちゃって。
しかし、そんな甘い理想はすぐに崩れ去ります。
常に金欠で、ことあるごとにお金をせびる。
私の作った食事がまずい、といい料理を床に捨てる。
パチンコで負けたら私を殴る。
私が「別れたい」と切り出すと鬼の形相で罵声を浴びせる。
典型的なDV男でした。
ある日、決定的なことが起きました。
私が自室の掃除をしていたら突然彼氏が「通販で頼んだスニーカーのサイズが違う」といって怒り出し、スニーカーを私に投げつけたのです。
私は堪忍袋の緒が切れ、「なにすんだよ!」と怒鳴りました。彼氏はそれにひるまず、私を殴りつけ、三角コーナーに貯まった生ゴミを私の口に詰め込み、髪を引っ張り浴室に連れていきました。
服を剥ぎ取られました。頬をはたかれました。唾を吐きかけられました。冷水をかけられました。
「そこで反省しとけ糞ブス」
真冬の浴槽に私を全裸で放置し、彼はどこかに(恐らくパチンコ)に出かけました。
もう限界だ。死んでしまう。悔しい。悲しい。どうして私が。
咽び泣く私はふと、下着泥棒の彼のことを思い出しました。彼なら私を優しく扱ってくれる。私を助けて。
ケータイに残っていた彼の番号に初めて電話をかけました(今までのやり取りはショートメールのみで、声を聞いたことはありません)
お願い出て。
思いはすぐに通じました。
「もしもし?」
怪訝そうな男性の声が私の鼓膜を刺激します。
「突然電話してごめんなさい。彼氏に暴力を振るわれてるんです。助けて。お願い」
「引っ越されてないですよね?すぐ向かいます」
30分ぐらいして、部屋をノックする音が聞こえました。
「どなたですか?」
「えっとあの、下着の者です」
今考えると間抜けなやりとりですが私からしたら白馬に乗った王子様です。
私はボロボロになった服を羽織り、彼を出迎えました。
「初めまして。とりあえず、その格好だとあれなので、すぐに着替えてください。車用意してますので」
初めて彼を見た印象は「思ったよりちゃんとしてる」でした。ノーネクタイのスーツ姿。
年の頃は30代半ば~40代。スキマスイッチのボーカルに似てる気がする。
そんなことを考えながらエスティマに乗り込み、彼の自宅マンションまで連れて行ってもらいました。
彼はとても親切でした。
「この部屋のものは何でも自由に使ってください」
「欲しい物があれば何でもいってください」
「私は別の部屋で寝ますが、それでも落ち着かないなら私はホテルをとりますので」
DV彼氏からの連絡による怒涛のケータイバイブ音があるにも関わらず、私はその日ぐっすりと眠ることができました。
翌日、彼に相談しました。
今の状況。彼氏とは別れたい。でも別れてくれない。貸してるお金は返してもらわなくて良い。引っ越したい。
そんなことを、会話にすらなっていない独り言ですが彼に訴えました。
「わかりました。僕に任せてください」
彼は力強く頷きました。
数日後、私はDV彼氏を近所のファミレスに呼び出しました。
そこに下着泥棒の彼も同席しています。
下着泥棒「DV彼氏さんですね?彼女と別れてください」
DV彼氏「なんだお前。関係ないだろ」
下着泥棒「あまりこちらも大事にはしたくないんですが、希望を聞いていただけないとお互い面倒なことになりますよ」
と言い、下着泥棒の彼は「◯◯法律相談所」と書かれた名刺をDV彼氏に提示しました。
DV彼氏は舌打ちとともに、ファミレスから去っていきました。
(後から聞いたら、◯◯法律相談所の名刺はフェイクだったそうです)
それから私は自分の引越し先が決まるまで下着泥棒の彼の部屋に居候させて頂くことになり、さらに言うと、私は彼と付き合うことになりました。
彼の名誉の為に言いますが、私が「付き合ってほしい。大好きです」と伝えました。
彼は最初戸惑いましたが、「一生僕が守ります」と宣言し私を強く抱きしめました。
あれから5年。私のお腹には新たな生命が宿っています。彼とは入籍しました。背中にもたれかかり合いながらうたた寝をする、そんな幸せな生活を送っています。人と人とのきっかけなんて、本当にわからないものですね。
子供が生まれて、パパとママの馴れ初めを聞かれちゃったらどうしよう。そんな話をしながら二人で笑っています。
他の人に話したら狂ってると言われそうだけど、「あなたに出会えてよかった」と私は心の底から思っています。
とりあえず窃盗の時効満了まで大人しく過ごすよう、旦那様にお伝え下さい。
あなたの幸せを心から願っております。
遠藤 俊通